2018-05-01から1日間の記事一覧

当世念仏者無間地獄事

〔C6・文永元年九月二二日・浄円房〕/安房国長狭郡東条花房の郷蓮華寺に於て、浄円房に対して、日蓮阿闍梨之れを注す。文永元年〈甲子〉九月二十二日。/問うて曰く、当世の念仏者無間地獄と云ふ事。其の故如何。答へて云く、法然の選択に就きて云ふなり。問…

法華真言勝劣事

〔C5・文永九~一〇年頃〕/東寺の弘法大師空海の所立に云く、法華経は猶華厳経に劣れり、何に況や大日経等に於てをや云云。慈覚大師円仁・智証大師円珍・安然和尚等の云く、法華経の理は大日経に同じ、印と真言との事に於ては是れ猶劣れるなり云云〈其の所…

題目弥陀名号勝劣事

〔C6・文永元年・大学三郎妻〕/南無妙法蓮華経と申す事は唱へがたく、南無阿弥陀仏、南無薬師如来なんど申す事は唱へやすく、又文字の数の程も大旨は同じけれども、功徳の勝劣は遥かに替はりて候なり。天竺の習ひ、仏出世の前には二天三仙の名号を唱…

月水御書

〔C6・文永元年四月一七日・大学三郎妻〕/伝へ承る御消息の状に云く、法華経を日ごとに一品づつ、二十八日が間に一部をよみまいらせ候ひしが、当時は薬王品の一品を毎日の所作にし候。ただもとの様に一品づつをよみまいらせ候べきやらんと云云…

持妙法華問答抄

〔C6・文永六年~文永九年頃か〕/抑希に人身をうけ、適(たまたま)仏法をきけり。然るに法に浅深あり、人に高下ありと云へり。何なる法を修行してか速やかに仏になり候べき。願はくは其の道を聞かんと思ふ。答へて云く、家々に尊勝あり、国々に高貴あり。皆…

論談敵対御書

〔C1・弘長二年〕/論談敵対の時、二口三口に及ばず、一言二言を以て退屈せしめ了んぬ。所謂善光寺道阿弥陀仏・長安寺能安等是れなり。其の後は唯悪口を加へ、無知の道俗を相語らひ、留難を作さしむ。或は国々の地頭等に語らひ、或は事を権門に寄せ、或は…

顕謗法抄

〔C3・文永九年頃〕/本朝沙門日蓮撰/第一に八大地獄の因果を明かし、第二に無間地獄の因果の軽重を明かし、第三に問答料簡を明かし、第四に行者弘経の用心を明かす。/第一に八大地獄の因果を明かさば、第一に等活地獄とは、此の閻浮提の地の下一千由旬にあ…

行者仏天守護抄

〔C6・弘安二・三年頃か〕/釈迦仏ある経の中に、此の三千大千世界の梵天・帝釈・日月・星宿・四大天王・阿修羅・竜神等を一人ももらさず集めさせ給ひて、又十方無量世界の仏・菩薩・乃至堅牢地神等を集めさせ給ひて、我滅後正像末の持戒破戒無戒の弟子等を…

教機時国抄

〔C6・要検討〕/本朝沙門日蓮之れを注す/一に教とは、釈迦如来所説の一切の経律論五千四十八巻四百八十帙。天竺に流布すること一千年、仏の滅後一千一十五年に当たりて震旦国に仏経渡る。後漢の孝明皇帝永平十年〈丁卯〉より唐の玄宗皇帝開元十八年〈庚午〉…

四恩抄

四恩抄〔C6・弘長二年一月一五日・工藤左衛門〕/抑此の流罪の身になりて候につけて二つの大事あり。一には大なる悦びあり。其の故は、此の世界をば娑婆と名づく、娑婆と申すは忍と申す事なり。故に仏をば能忍と名づけたてまつる。此の娑婆世界の内…

同一鹹味御書

〔C6・弘長元年〕/夫れ味に六種あり。一には淡(あわき)、二には鹹(しおからき)、三には辛(からき)、四には酸(すき)、五には甘(あまき)、六には苦(にがき)なり。百味の膳(きょうぜん)を調ふといへども、一つの鹹(しお)の味なければ大王の膳とならず…

船守弥三郎許御書

〔C6・弘長元年六月二七日・船守弥三郎夫妻〕/わざと使ひを以て、ちまき(粽)・さけ(酒)・ほしひ(干飯)・さんせう(山椒)・かみ(紙)しなじな給はり候ひ畢んぬ。又つかひ(使者)申され候は、御かくさせ給へと申し上げ候へと、日蓮心得申すべく候。/日蓮…

椎地四郎殿御書

〔C6・四月二八日・椎地四郎〕/先日御物語の事について彼の人の方へ相尋ね候ひし処、仰せ候ひしが如く少しもちがはず候ひき。/これにつけても、いよいよはげまして法華経の功徳を得給ふべし。師曠が耳・離婁が眼のやうに聞き見させ給へ。末法…

立正安国論

〔C0・文応元年・北条時頼〕/旅客来たりて歎きて曰く、近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘、遍く天下に満ち、広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大半に超え、之れを悲しまざるの族敢へて一人も無し。然る間、…

唱法華題目抄

〔C4・文応元年五月二八日〕/有る人予に問うて云く、世間の道俗させる法華経の文義を弁へずとも、一部・一巻・四要品・自我偈・一句等を受持し、或は自らもよみかき、若しは人をしてもよみかかせ、或は我とよみかかざれども、経に向かひ奉り、合掌礼拝…

十法界明因果抄

〔C5・文応元年四月二一日〕/沙門日蓮撰/八十華厳経六十九に云く「普賢道に入ることを得て、十法界を了知す」。法華経第六に云く「地獄声、畜生声、餓鬼声、阿修羅声、比丘声・比丘尼声〈人道〉、天声〈天道〉、声聞声、辟支仏声、菩薩声、仏声」〈已上十法…

災難対治抄

〔C0・正元二年二月頃・兵部阿闍梨〕/国土に起こる大地震・非時の大風・大飢饉・大疫病・大兵乱等の種々の災難の根源を知りて対治を加ふべき勘文。/金光明経に云く「若し人有りて其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず、捨離の心を生じ聴…

災難興起由来

〔C1・正元二年二月上旬〕/答へて曰く、爾なり。謂く夏の桀・殷の紂・周の幽等の世是れなり。/難じて云く、彼の時仏法無し。故に亦謗法者無し。何に依るが故に国を亡ぼすや。答へて曰く、黄帝・孔子等治国の作方五常を以てす。愚王有りて礼教を破る故…

二乗作仏事

〔C6・文永八年頃か〕/爾前得道の旨たる文。経に云く「見諸菩薩」等云云。又云く「始見我身」等。此等の文の如きは、菩薩初地初住に叶ふ事有ると見えたるなり。故に「見諸菩薩」の文の下には「而我等不預斯事」。又「始見」の文の下には「除先修習」等云云。…

爾前得道有無御書

〔C6・文永六年頃か〕/爾前当分跨節の両得道有無の事。仏滅後月氏には一千年の間、論師は心に存して之れを弘めず。仏法漢土に渡りて五百余年、二百六十余の訳者人師も此の義無し。陳隋の初めに天台智者大師一人始めて此の義を立てたまふ。日本国には欽明よ…

爾前二乗菩薩不作仏事

〔C3・正元元年〕/問うて云く、二乗永不成仏の教に菩薩の作仏を許すべきや。答へて云く、楞伽経第二に云く「大恵、何者か無性乗なる、謂く一闡提なり。大恵、一闡提とは涅槃の性無し。何を以ての故に、解脱の中に於て信心を生ぜず涅槃に入らざる。大…

十法界事

〔C6・正元元年〕/二乗三界を出でざれば即ち十法界の数量を失ふ云云。/問ふ、十界互具を知らざる者、六道流転の分段の生死を出離して変易の土に生ずべきや。答ふ、二乗は既に見思を断じ三界の生因無し。底(なに)に由りてか界内の土に生ずる…

守護国家論

〔C3・正元元年〕/夫れ以みれば偶(たまたま)十方微塵の三悪の身を脱れて希に閻浮日本に爪上の生を受く。亦閻浮日域の爪上の生を捨てて十方微塵三悪の身を受けんこと疑ひ無きものなり。然るに生を捨てて悪趣に堕するの縁一に非ず。或は妻子眷属の哀憐に依…

十住毘婆娑論尋出御書

〔C6・正元元年一〇月一四日・武蔵公御房〕/昨日武蔵前司殿の使ひとして念仏者等召し相はせられて候ひしなり。又十郎の使ひにて候はんずるか。十住毘婆沙論を内々見るべき事候。万事を抛ちて尋ね出だし給ひ候はん。諸事、此れ程の大事不□歟。/十月十四…

武蔵殿御消息

〔C3・正元元年・武蔵公御房〕/摂論三巻は給はり候へども、釈論等の各疏候はざるあひだ事ゆかず候。をなじくは給はり候ひてみあわす(見合)べく候。見参の事いつにてか候べき。仰せをかほり候はん。八講はいつにて候やらん。/七月十七日日蓮花…

総在一念抄

〔C6・正嘉二年〕/釈籤六に云く「総は一念に在り別は色心を分つ」云云。問うて云く「総在一念」とは其れ何なる者ぞや。答へて云く、一偏に思ひ定め難しといへども、且く一義を存せば、衆生最初の一念なりと定む。心を止めて倩(つらつら)按ずるに、我…

一念三千理事

〔C6・正嘉二年〕/十二因縁図/問ふ、流転の十二因縁とは何等ぞや。答ふ、一には無明。倶舎に云く「宿惑の位は無明なり」文。無明とは昔愛欲の煩悩起こりしを云ふなり。男は父に瞋りを成して母に愛を起こす。女は母に瞋りを成して父に愛を起こすなり。倶舎…

一代聖教大意

〔C5・正嘉二年二月一四日〕/四教。一には三蔵教、二には通教、三には別教、四には円教なり。/始めに三蔵とは阿含経の意なり。此の経の意は六道より外を明かさず。但六道〈地・餓・畜・修・人・天〉の内の因果の道理を明かす。但し正報は十界を明かすなり…

回向功徳抄

〔C6・不明・侍従殿〕/涅槃経に云く「死人に閻魔王勘へて四十九の釘をうつ。先づ目に二つ、耳に二つ、舌に六つ、胸に十八、腹に六つ、足に十五打つなり。各々長さ一尺なり」取意。而るに娑婆に孝子有りて、彼の追善の為に僧を請ぜんとて人をはしらしむる…

主師親御書

〔C6・不明(文永二・三年頃か)〕/釈迦仏は我等が為には主なり、師なり、親なり。一人してすくひ護ると説き給へり。阿弥陀仏は我等が為には主ならず、親ならず、師ならず。然れば天台大師是れを釈して曰く「西方は仏別にして縁異なり、仏別なるか…