上野殿御返事

〔C0・弘安二年一二月二七日・南条時光〕/白米一だ(駄)をくり給び了んぬ。/一切の事は時による事に候か。春は花、秋は月と申す事も時なり。仏も世にいでさせ給ひし事は法華経のためにて候ひしかども、四十余年はとかせ給はず。其の故を経文にとかれて候には「説時未だ至らざるが故に」等云云。なつ(夏)あつわた(厚綿)のこそで、冬かたびら(帷)をたびて候は、うれしき事なれども、ふゆのこそで、なつのかたびらにはすぎず。うへて候時のこがね(金)、かっ(渇)せる時のごれう(御料)はうれしき事なれども、はん(飯)と水とにはすぎず。仏に土をまいらせて候人仏となり、玉をまいらせて地獄へゆくと申すことこれか。/日蓮は日本国に生まれてわわく(誑惑)せず、ぬすみせず、かたがたのとがなし。末代の法師にはとがうすき身なれども、文をこのむ王に武のすてられ、いろ(色)をこのむ人に正直物のにくまるるがごとく、念仏と禅と真言と律とを信ずる代に値ひて法華経をひろむれば、王臣万民ににくまれて、結句は山中に候へば、天いかんが計らはせ給ふらむ。五尺のゆき(雪)ふりて本よりもかよわぬ山道ふさがり、といくる人もなし。衣もうすくてかん(寒)ふせぎがたし。食たへて命すでにをはりなんとす。かかるきざみにいのち(命)さまたげの御とぶらひ、かつはよろこびかつはなげかし。一度にをもい切ってう(飢)へし(死)なんとあんじ切りて候ひつるに、わづかのともしび(灯火)にあぶら(油)を入れそへられたるがごとし。あわれあわれたうとくめでたき御心かな。釈迦仏法華経定めて御計らひ候はんか。恐々謹言。/(弘安二年到来)十二月二十七日日蓮(花押)/上野殿御返事