六凡四聖御書

〔C6・正嘉元年〕/┌─地─┐/├─餓─┤/├─畜─┤┌─有情──成仏すべし/┌─六凡─┼─修─┼─┤/│├─人─┤└─無情──成仏すべからず/│└─天─┘/│┌─声聞─┬─〈定性〉───永く成仏せず《以下6行、取意の作図》/││└─〈不定性〉──成仏すべし/└─四聖─┼─縁覚─┬─〈定性〉───永く成仏せず/│└─〈不定性〉──成仏すべし/├─菩薩─┬─〈大悲闡提〉─永く成仏せず/│└─〈大智菩薩〉─成仏すべし/└─仏文句の四に云く「二乗作仏は今の教より始まる」。籖の一に云く「菩薩処々に入ることを得、二乗は唯法華に在り」。弘の六に云く「遍く法華已前の諸教を尋ぬるに、実に二乗作仏の文及び如来の久成を明かすの説なし。故に知んぬ、並びに方便を帯するに由るが故に」。文句の七に云く「他経は但菩薩に記して二乗に記せず」。譬喩品に云く「我昔、仏に従ひて是の如き法を聞き、諸の菩薩の授記作仏を見しかども、而も我等は斯の事に預からず。甚だ自ら如来の無量の知見を失へることを感傷しき」。法華経第五に云く「始め我が身を見、我が所説を聞きて、即ち皆信受して如来の恵に入りにき」。