太田殿女房御返事

〔C6・建治三年一一月一八日・大田殿女房〕/柿のあをうらの小袖、わた十両に及んで候か。/此の大地の下は二の地獄あり。一には熱地獄。すみ(炭)ををこし、野に火をつけ、せうまう(焼亡)の火、鉄のゆ(湯)のごとし。罪人のやくる事は、大火に紙をなげ、大火にかなくづ(木屑)をなぐるがごとし。この地獄へは、やきとり(焼盗)と、火をかけてかたきをせめ、物をねたみて胸をこがす女人の堕つる地獄なり。二には寒地獄。此の地獄に八あり。涅槃経に云く「八種の寒氷地獄あり。所謂阿波々地獄・阿々地獄・阿羅々地獄・阿婆々地獄・優鉢羅地獄・波頭摩地獄・拘物頭地獄・芬陀利地獄」云云。此の八大かん(寒)地獄は、或はかんにせめられたるこえ(声)、或は身のいろ等にて候。此の国のすわ(諏訪)の御いけ、或は越中のたて(立)山のかへる(北風)、加賀の白山のれい(嶺)のとり(鳥)のはね(羽)をとぢられ、やもめ(寡)をうな(女)のすそ(裾)のひゆる、ほろろ(雉子)の雪にせめられたるをもてしろしめすべし。かん(寒)にせめられて、をとがい(頤)のわなめく等を阿波々・阿々・阿羅々等と申す。かんにせめられて、身のくれないににたるを紅蓮・大紅蓮等と申すなり。いかなる人の此の地獄にをつるぞと申せば、此の世にて人の衣服をぬすみとり、父母師匠等のさむげなるをみまいらせて、我はあつくあたたかにして昼夜をすごす人々の堕つる地獄なり。/六道の中に天道と申すは、其の所に生ずるより衣服ととのをりて生まるるところなり。人道の中にも商那和修・鮮白比丘尼等は悲母の胎内より衣服ととのをりて生まれ給へり。是れはたうとき人々に衣服をあたへたるのみならず、父母・主君・三宝にきよくあつき衣をまいらせたる人なり。商那和修と申せし人は、裸形なりし辟支仏に衣をまいらせて、世々生々に衣服身に随ふ。曇弥と申せし女人は、仏にきんばら衣をまいらせて、一切衆生喜見仏となり給ふ。今法華経に衣をまいらせ給ふ女人あり。後生には八寒地獄の苦をまぬかれさせ給ふのみならず、今生には大難をはらひ、其の功徳のあまりを男女のきんだち(公達)、きぬ(衣)にきぬをかさね、いろ(色)にいろをかさね給ふべし。穴賢穴賢。/十一月十八日日蓮花押/太田入道殿女房御返事