持妙尼御前御返事

〔C4・建治二年五月四日・持妙尼(高橋殿後家尼)〕/すず(種々)のもの給はりて候。たうじ(当時)はのう(農)時にて人のいとまなき時、かやうにくさぐさ(種々)のものども、をくり給びて候事、いかにとも申すばかりなく候。これもひとへに故入道殿の御わかれのしのびがたきに、御後世の御ためにてこそ候らんめ。ねんごろにごせ(後世)をとぶらはせ給ひ候へば、いくそばくうれしくおはしますらん。とふ人もなき草むらに、露しげきやうにて、さばせかい(裟婆世界)にとどめをきしをさなきものなんどの、ゆくへきかまほし。あの蘇武が胡国に十九年、ふるさとの妻と子とのこひしさに、雁の足につけしふみ。安部中麻呂が漢土にて日本へかへされざりし時、東にいでし月をみて、あのかすがの(春日野)の月よとながめしも、身にあたりてこそおはすらめ。/しかるに法華経の題目をつねはとなへさせ給へば、此の妙の文じ(字)御つかひに変ぜさせ給ひ、或は文殊師利菩薩、或は普賢菩薩、或は上行菩薩、或は不軽菩薩等とならせ給ふ。ちんし(陳子)がかがみ(鏡)のとり(鳥)のつねにつげしがごとく、蘇武がめ(妻)のきぬた(碪)のこゑのきこへしがごとく、さばせかい(娑婆世界)の事を冥途につげさせ給ふらん。又妙の文字は花のこのみとなるがごとく、半月の満月となるがごとく、変じて仏とならせ給ふ文字なり。されば経に云く「能く此の経を持つは則ち仏身を持つなり」。天台大師の云く「一々文々是れ真仏なり」等云云。妙の文字は三十二相八十種好円備せさせ給ふ釈迦如来にておはしますを、我等が眼つたなくして文字とはみまいらせ候なり。譬へば、蓮(はちす)の子(み)の池の中に生ひて候がやうに候。はちすの候を、としよりて候人は眼くらくしてみず。よるはかげの候を、やみにみざるがごとし。されども此の妙の字は仏にておはし候なり。又、此の妙の文字は、月なり、日なり、星なり、かがみなり、衣なり、食なり、花なり、大地なり、大海なり。一切の功徳を合はせて妙の文字とならせ給ふ。又は如意宝珠のたまなり。かくのごとくしらせ給ふべし。くはしくは又々申すべし。/五月四日日蓮花押/はわき(伯耆)殿申させ給へ。