2018-06-21から1日間の記事一覧

新池殿御消息

〔C6・弘安二年五月二日・新池殿〕/八木三石送り給び候。今一乗妙法蓮華経の御宝前に備へ奉りて、南無妙法蓮華経と只一遍唱へまいらせ候ひ畢んぬ。いとをしみの御子を、霊山浄土へ決定無有疑と送りまいらせんがためなり。/抑因果のことはりは華と果との…

上野殿御返事

〔C6・弘安二年四月二〇日・南条時光〕/抑日蓮種々の大難の中には、竜口の頸の座と東条の難にはすぎず。其の故は諸難の中には命をすつる程の大難はなきなり。或はのり、せめ、或は処をおわれ、無実を云ひつけられ、或は面をうたれしなどは物のかずな…

松野殿後家尼御前御返事

〔C6・弘安四年三月二六日・松野殿後家尼御前〕/法華経第五の巻安楽行品に云く「文殊師利、此の法華経は無量の国中に於て、乃至名字をも聞くことを得べからず」云云。此の文の心は我等衆生の三界六道に輪回せし事、或は天に生まれ、或は人に生まれ、或は…

孝子御書

〔C2・弘安二年二月二八日・池上宗長〕/御親父御逝去の由、風聞真にてや候らん。貴辺と大夫志の御事は、代末法に入りて生を辺土にうけ、法華の大法を御信用候へば、悪鬼定めて国主と父母等の御身に入りかわり怨をなさん事疑ひなかるべきところに、案にた…

日眼女釈迦仏供養事

〔C3・弘安二年二月・日眼女〕/御守り書きてまいらせ候。三界の主、教主釈尊一体三寸の木像造立の檀那日眼女。御供養の御布施、前に二貫、今一貫云云。/法華経の寿量品に云く「或は己身を説き、或は他身を説く」等云云。東方の善徳仏・中央の大日如来・十方…

上野郷主等御返事

〔C3・弘安五年一月一一日・南条時光〕/昔の徳勝童子は土のもちゐを仏にまいらせて一閻浮提の主となる。今の檀那等は二十枚の金のもちゐを法華経の御前にささげたり。後生の仏は疑ひなし。なんぞ今生にそのしるしなからむ。恐々謹言。/正月十一日日蓮(花…

上野殿御返事

〔C2・弘安二年一月三日・南条時光〕/餅九十枚・薯蕷五本、わざと御使ひをもって正月三日ひつじ(未)の時に、駿河の国富士郡上野の郷より甲州波木井の郷身延山のほら(洞)へおくりたびて候。夫れ海辺には木を財とし、山中には塩を財とす。旱魃には水をた…

十字御書

〔C0・弘安三年一二月二八日・ほりの内殿〕/十字三十。法華経の御宝前につみまいらせ候ひぬ。又すみ二へい(俵)給はり候ひ了んぬ。恐々謹言。/十二月二十八日日蓮(花押)/ほりの内殿御返事

高橋殿後家尼御前御返事

〔C1・建治二年二月以前・高橋殿後家尼〕/尼御前御返事日蓮/鵞目一貫給はり候ひ了んぬ。それ、じき(食)はいろ(色)をまし、ちから(力)をつけ、いのち(命)をのぶ。ころも(衣)はさむさをふせぎ、あつさをさ(遮)え、はぢ(恥)をかくす。人にものをせ(施)…

大尼御前御返事

〔C1・弘安二年九月二〇日・大尼御前〕/いのりなんどの仰せかうほるべしとをぼへ候はざりつるに、をほせたびて候事のかたじけなさ。かつはしなり、かつは弟子なり、かつはだんななり。御ためにはくびもきられ、遠流にもなり候へ。かわる事な…

衆生心身御書

〔C1・建治三年頃〕/衆生の身心をとかせ給ふ。其の衆生の心にのぞむとてとかせ給へば、人の説なれども衆生の心をいでず。かるがゆへに随他意の経となづけたり。譬へばさけ(酒)もこのまぬをや(親)の、きわめてさけ(酒)をこのむいとをしき子あ…

閻浮提中御書

〔C1・弘安元年〕/「閻浮提中飢餓劫起」。又云く「又示現閻浮提中刀兵劫起」。又云く「又示現閻浮提中疫病劫起」等云云。人王三十代に百済国の聖明王□□□□□国にわたす。王此れを用ゐずして三代仏罰にあたるべし。釈迦仏を申し隠す□か□□念仏者等善光寺の阿…

食物三徳御書

〔C1・建治二年〕/たからとす。山の中には塩をたからとす。魚は水ををやとし、鳥は木を家とす。人は食をたからとす。かるがゆへに大国の王は民ををや(親)とし、民は食を天とすとかかれたり。食には三の徳あり。一には命をつぎ、二にはいろ(色)をまし、三…

兵衛志殿御返事

〔C2・弘安元年一一月二九日・池上宗長〕/銭六貫文の内〈一貫次郎よりの分〉白厚綿小袖一領。四季にわたりて財を三宝に供養し給ふ。いづれもいづれも功徳にならざるはなし。但し時に随ひて勝劣浅深わかれて候。うへたる人には衣をあたへたるよりも、食…

九郎太郎殿御返事

〔C2・文永一一年一一月一日・九郎太郎〕/これにつけても、こうえのどの(故上野殿)の事こそ、をもひいでられ候へ。/いも(芋)一駄・くり(栗)・やきごめ(焼米)・はじかみ(生姜)給はり候ひぬ。さてはふかき山にはいも(芋)つくる人もなし。くり(栗)もな…

四条金吾殿御返事

〔C6・弘安元年閏一〇月二二日・四条金吾〕/今月二十二日、信濃より贈られ候ひし物の日記、銭三貫文・白米の米俵一・餅五十枚・酒大筒一小筒一・串柿五把・柘榴十。夫れ王は民を食とし、民は王を食とす。衣は寒温をふせぎ、食は身命をたすく。譬へば、油…

千日尼御前御返事

〔C6・建治三年・千日尼〕/青鳧一貫文・干飯一斗・種々の物給はり候ひ了んぬ。仏に土の餅を供養せし徳勝童子は阿育大王と生まれたり。仏に漿(こんず)をまひらせし老女は辟支仏と生まれたり。法華経は十方三世の諸仏の御師なり。十方の仏と申すは東方善徳仏…

上野殿御返事

〔C4・弘安元年閏一〇月一二日・南条時光〕/いゑのいも(芋)一駄、かうじ(柑子)一こ(籠)、ぜに六百のかわり御ざのむしろ(筵)十枚給はり了んぬ。/去今年は大えき(疫)此の国にをこりて、人の死ぬ事大風に木のたうれ、大雪に草のおるるがごとし。一人…